2017-04-24 16:58 | カテゴリ:ブログ/羽岡仁
この二ヶ月は、自分史の中では最も大きな転換点になった期間だった。

自分にとって、この人生、何のために生きるのかという基本的なスタンスが変わった。

正確には、変わったというより、何か本来の姿に戻ってきたような感じがしている。

それはこの数十年の中の、一つ一つの仕事、一人一人との出会いが教えてくれたスタンスであり、その結果いただいた視野がもたらす安心であり、それによって、この世界には一つとして同じ出会いも出来事もなく、その一つ一つが、かけがえがなく、大切、という実感の総体だと感じている。

これまで僕の意識の中でばらばらになっていた経験が、すべて意味のあるものとなってつながって、気がつけば一筋の道となっていた。

今となっては、僕にとって、この人生以外の人生はあり得ない、この人生で本当によかった、と思えてきた。

音楽との付き合い方もだんだん自然になってきて、曲を作るというより、その曲のあるべき姿になるまで追い求め続ける。

これが僕流のつきあい方になってきた。

そして、そうなっていくように、大きな愛に見守られ、導かれてきたと感じているし、そのことに、深い感謝の想いが湧いてくる。

この感覚の向こうに「自律」がある気がしている。

今、世界は対立と混乱、緊張の極みに達している。

何が起きてもおかしくない状況になっている。

その今という時にこの感覚が訪れたことは、決して無関係とは思えない。

「次へ行こう!」…。

そう言われている気がしている。

次なるはたらきに向かうときが来た。

そう感じている。

羽岡仁

2017-04-12 17:20 | カテゴリ:ブログ/羽岡仁
先日、大きな仕事が一つ終わった。

その後、視界が広がり、心が信じられないほど軽くなった。

そして、自分が果たしたいことがとてもクリアになってきた。

すべてがリフレッシュして、次の仕事に向かい、やる気と元気をいただいた。

次の曲を書き始めて、ある夢を思い出した。

もう30年も前に見た夢なのだが、とても細かいところまでよく覚えている。

まず、何故か分からないけど、川の中で橋げたを支えて、橋が流されないように踏ん張ってるところからその夢は始まった。

橋の上を見ると、たくさんの人が歩いていた。

不思議なことに、僕はすぐにその意味が分かった。

人々は此岸から彼岸に渡っている。

そして見回してみたら、橋げた一本に一人、全員僕と同じで、流されないように手で支えて必死に踏ん張っている。

川は水量も多く、流れはかなり速い。

気をゆるめると流されそうで、けっこう命がけの仕事だ。

また、橋は何本もかかっている。

隣の橋の橋げたを支えてる人が僕の名前を呼んだので見ると、友人のSさんだった。

「なんだ仁ちゃんそこにいたの、いやーまだまだこれからだよねー。」と笑いながら言った顔をはっきり覚えている。

ふと我に返り、あの夢の中の僕は今の僕だったんだ、と思った。

あの夢は僕に、僕の仕事の本当の意味を教えてくれていたんだ、と思った。

それが、30年も経った今ごろ分かってきた。

忘れられなかった理由がそこにあった。

意味が分かるのに30年必要だったということだと思った。

僕が果たしたかった仕事は、形としては音楽だとしても、人々が渡る橋げたの一本を支えることだったと、深く納得したら、心に言い知れぬ安堵感が広がった。

すべからく、人間の仕事の本当のはたらきとはそういうものだと思う。

誰かが働くことで誰かが支えられる。

誰かが助けられる。

誰かが救われる。

羽岡仁

2017-04-03 16:48 | カテゴリ:ブログ/羽岡仁
園まりさんの新曲の叩き台を歌いながらミーティング、園まりさん、ギターの平野融君。
今だから歌える歌にチャレンジ、楽しくても真剣!

羽岡仁
20170403

2017-03-29 19:30 | カテゴリ:ブログ/羽岡仁
毎年恒例の…という言い方がある。

僕にも毎年同じ時期に決まった仕事がある。

その度にその年の空気感を形にする。

今年は大きな変化の中で、先行きに不安を感じる、という声が多く聞かれる。

確かに報道を見聞きする限り、人々の不安や不満、不寛容を煽るかのようなものが大半で、事実を冷静に伝えるようにはなっていないようだ。

報道機関には、今はただ、人々の冷静な判断と相互理解に貢献する、本来の目的と使命を思い起こして欲しいと祈るばかりだ。

しかし一方では、そのような対立と混乱は、どうすれば人々が違いを超えて、お互いを理解し、尊重しあえるようになれるのかを一人一人に問いかけているように思えてならない。

そして僕にとっても、あらためて仕事への向かい方、ひいては生き方にまでその問いかけは突き刺さってくる。

僕は、自分の心の中の批判や否定的なつぶやきを、理解と肯定的なつぶやきに変えながら、さらにその批判や、否定的なつぶやきがなぜ出てくるのかを突き止め、本心に戻していくことを通して、自分が変わっていくことで、仕事を含めたこれまでの関わりを、本来的に結び直していくことが、唯一僕ができることだと思っている。

そして、希望を響き合わせたいと願っている。

今この瞬間、その想いで、仕事に向かおうとワクワクしている。

羽岡仁

2017-03-21 17:38 | カテゴリ:ブログ/羽岡仁
一つのことを成し遂げるのにどれほどの支えがあり、どれほどの助けがあるのだろう。

朝起きて、当たり前のようにシャワーを浴び、電車に乗り、仕事して、当たり前のように店に入って食事して、また仕事して、電車に乗って帰る。

当たり前のように電気をつけ、寒さにも暑さにもエアコンをつけて、仕事に向かう、ホッとして食事をとる、テレビを見る、深々と椅子に抱かれて音楽を聴き、フカフカの布団で眠る。

その一つ一つにどれほどの人の手がかけられたのだろう。

更に、驚くほど滑らかに生活できる裏側に、どこまでも考え尽くされたシステムが施されている。

それらは全て、誰かが考え、工夫して、さんざん苦労したあげくに、そこにある「もの」と「こと」。

しかも、互いの綿密な連繋が施されてこそ、機能して成り立っている。

そして、それら全ては現在進行形で改善され、成長、発展を重ね、進化している。

テクノロジーの発達は日々目まぐるしく加速し、3年前は夢のようなことが、今は普通のことになっている。

だからこそ、この時の速さに打ち勝つ生き方に、自分を変えていかなければならない。

でも、変わることは今まで通りの生き方をやめることなので、思いっきり勇気がいる。

だから変われない言い訳をする。

だけど、時代や世の中のせい、誰か他人のせいにして、変われない言い訳をすればするほど苦しくなって、余計にその場から逃げたくなってくる。

だから、今生かされている実感を持続させて、常にその事実に立ち戻れるなら、言い訳などしていられない。

僕も言い訳にしていた自分の中の「常識」を「非常識」に変えて、未来からやって来る課題の中にある、可能性を引き出してゆこうと思っている。

今、世界は益々混迷の度を増し、日本に於いても、社会の安定を作るはたらきを担う筈の政治、経済の分野での混乱と対立が続いている。

この事態をどう受け止め、どう対処できるか、と思う時、ただ対立を助長させるのではなく、一にも二にも自分に与えられた「時」と「場」の中で、自分として、そこにある現実をいかにあるべき理想に運んでいけるかと模索し、探求し、その仕事に打ち込むことが全てだと思っている。

力もない、立場もない小さな僕だけれど、才能と言えば、一生懸命になれることぐらいだけれど、僕を支え、助け、見守り、導いてくれる全てに感謝しながら、世界に対して全身全霊で応えていこうと、希望を抱いている。

羽岡仁